F1 2003:Rd1 Austraria

■オーストラリアGP

 2003年の開幕戦、オーストラリアGPはトップが4人で6回入れ替わり、さらにセーフティーカーが2回導入されるという波乱の展開でした。

 この波乱のレースを制したのがマクラーレンのデビッド・クルサードだったわけですが、それ以上に重要視されるのは、フェラーリが、ミハエル・シューマッハが表彰台に乗れなかったことです。

 なぜ、シューマッハは勝てなかったのでしょうか。速さでライバルに負けていたとは思えません。ここではクルサード、モントーヤ、ライコネン、シューマッハのトップ4の動きに焦点を当てて話を進めていきます。
 

 
スタート時のタイヤ選択

 前日夜から降り続いていた雨は、レーススタート前に止みました。しかし依然路面は濡れたままであり、各チームのタイヤ選択が分かれました。ブリジストン勢はジョーダン、ミナルディを除く全チームがレインタイヤを選択しました。これに対してミシュラン勢はマクラーレンがレインタイヤを選んだだけで、他はすべてドライタイヤでした。

 レーススタート直後の2周は、レインタイヤを選んだフェラーリの2台が圧倒的に速く、3位のモントーヤをぐんぐん引き離しました。ところが3周目あたりからフェラーリはタイムが伸び悩み、4周目からはモントーヤの方が速くなりました。

 シューマッハは7周目になってようやくタイヤ交換に入りました。ところがこの時タイヤ交換に手間取ってタイムロス、ピットアウトした8周目にはトップのモントーヤに40秒もの差をつけられ、7位にまで落ちました。バリチェロは7周目にスピンしてリタイヤしていました。

 同じくレインタイヤでスタートしたマクラーレンは、ライコネンをフォーメーションラップでピットに入れ、ドライタイヤに交換しました。実はここでピットレーンの速度違反を犯していました。クルサードはレインタイヤのままスタートしましたが、そのタイヤが全く使い物にならず、早くも2周目にピットインしました。8周目の順位はライコネンが6位、クルサードは8位でした。

 この時点では、優勝争いの筆頭はモントーヤでした。スタート時にタイヤドライを選んだ者が正解だったわけです。しかし、スタート時のタイヤ選択のミスは、致命傷とはらなかったのですタイヤミスはその後の作戦如何によっては治療可能な怪我でした。事実、優勝したのはレインタイヤでスタートしたクルサードだったのですから。


   

   
始まりは
セーフティーカー
 ドライタイヤでスタートしたモントーヤは、レインタイヤでスタートしたライコネン、シューマッハ、クルサードに対して40秒もの大量リードを築きました。しかし6周目にファーマンがスピンしたことから、9周目にセーフティカーが導入され、この差は無くなりました。スタート時のタイヤ選択のミスは早くも帳消しになったのです。

 いくらライコネンでも、シューマッハでも、クルサードでも、自力で40秒もの差を埋めるのは無理だったでしょう。このセーフティーカーが無ければ、モントーヤの優勝は確実だったと思われます。とはいえ、このアルバードパークは事故が多く、1999年以来毎年セーフティーカーが出動しています。セーフティーカーは出て当然と考えるのが自然です。

 モントーヤの優勝は大きく遠ざかりました。11周目にセーフティーカーが抜け、再びモントーヤは下位に差をつけ始めました。そして、17周目に1回目のピットインをしました。ここで7位にまで落ちます。しかし18周目に再びセーフティーカーが入り、トップとの差を無くしました。前を走るクルサードとは10秒差がありましたが、当然これもなくなりました。

 モントーヤはレース後、「セーフティカーが2回入ってきて、これで僕らのアドバンテージが無くなってしまった。」と語りました。しかし、2回目のセーフティーカーは、彼に再び優勝のチャンスを与えたといえるでしょう。これは下で説明します。

 ライコネンは8周目の時点で、シューマッハに10秒ほど差をつけていましたが、やはりこれもセーフティーカーで消えました。両者の差が縮まったことから、このレース最大の見せ場である、ライコネンvs.シューマッハの優勝争いが始まったのです。
 

 
ライコネンvs.シューマッハ - ピット対決
 シューマッハのペースはライコネンよりも明らかに速いものでしたが、ライコネンは20周にわたって踏ん張り、抜かさせませんでした。シューマッハもピット作業での逆転を狙い、またモントーヤが半ば脱落していたことから無理に仕掛けませんでした。

 先に動いたのはシューマッハで、29周目にピットに入りました。ライコネンはその周からいきなりタイムを上げ、ピットイン直前の32周目に1'27.724というファステストラップを記録してピットインしました。これは驚異的でした。それに対してシューマッハはピットアウト直後の32周目に、前の周回より2秒もタイムを落としてしまいます。そのため、両者ピット作業を終えた34周目には、シューマッハはライコネンを逆転するどころか逆にに差をつけられてしまいました。

 ライコネンがピットイン直前にタイムを上げたことと、シューマッハがピットイン直後にタイムを落としたことで、ライコネンの方が給油時間が長かったのにも関わらず、差を広げるという結果になりました。

ライコネンvs.シューマッハ - コース上の対決
 ライコネンはこのピット作業で、最後まで走れる燃料を積みました。しかしシューマッハはもう1回ピットインが必要でした。こうなればコース上で追い越すしかありません。シューマッハは38周目、1コーナーで仕掛けました。ところがライコネンはシューマッハの攻めに耐え、抑えきりました。

 シューマッハはライコネンをピット作戦で出し抜こうとしますが、叶いませんでした。コース上で仕留めようとしますが、それも成りませんでした。シューマッハはこれまでかと思われました。

 

   
ライコネンの脱落、シューマッハ勝機を得るも・・・

 それは突然起こりました。39周目、ライコネンにドライブスルーペナルティが下ったのです。目の前の壁が自ら崩れ落ち、シューマッハに最後のチャンスが訪れました。トップのモントーヤとの差は15秒。前方がクリアになったシューマッハにとって、この程度の差なら逆転も可能だと思われました。

 ところが、シューマッハはマシンを縁石に乗り上げてしまい、バージボードを破損してしまいました。そのせいでタイムを上げられず、モントーヤを逆転することはできませんでした。

 シューマッハはピットに向かいます。緊急ピットインと言われましたが、これは予定にあったものです。事実、シューマッハのそのとき給油を行っていますし、レース後に「最後のピットインの直前にバージボードが壊れた」とコメントしています。

シューマッハの脱落、モントーヤ勝機を得るも・・・
 モントーヤは42周目に最後のピットインを終えたとき、クルサードの8秒前で復帰しました。2回目のセーフティーカーがクルサードとの10秒差を無くしてくれたために、クルサードの前に出られたのです。このとき既にライコネンにはペナルティが下っていましたし、シューマッハもトップを走っているものの、バージボードを壊しているため、事実上脱落しています。モントーヤの勝利は決まったかと思われました。

 ところがモントーヤはアウトラップで大きくタイムを落してしまいます。これでクルサードはモントーヤに3秒差にまで詰め寄りました。そして47周目、1コーナーで事は起こりました。モントーヤはスピンを喫しました。このグランプリの勝者であるデビッド・クルサードがこのレースで初めてトップに立った瞬間でした。

 モントーヤは直前のピットインでタイヤを替えていませんでした。後の記者会見ではオールドタイヤの方がバランスが良かったと語っています。事実、最初のピットインの直後、数周に亘ってラップタイムの落ち込みが見られました。スピンはタイヤを交換しなかったことが原因だったのでしょうか。モントーヤは答えを明確にしていません。

何をしていたクルサード
 ライコネンとシューマッハが激しい争いを繰り広げている間、クルサードは2台の数秒後方を淡々と走り続けていました。前の2台とラップタイムは遜色ありませんでした。そして前の2人の自滅で、モントーヤとの争いになり、さらにモントーヤまでも自滅したがために優勝できたといったところです。
  

 
やっぱり速いのはフェラーリ、でもシューマッハはダメ
 今回のレースで1分37秒台を記録できたのは、ライコネン、ミハエル・シューマッハ、モントーヤの3人でした。また、上のグラフを見ればわかるように、その3人のラップタイムは伯仲しています。

 ミハエル・シューマッハは、レース前半の大半をライコネンの後ろで過ごし、ライコネンが消えたところでバージボードを破損してますから、本来はもっと速く走れていたはずです。結果はフェラーリ、シューマッハが敗れた形になりましたが、未だ最速の座にあることは変わりありません。

 シューマッハはライコネンに抑えられたことで優勝を逃しました。もし、スタート時にドライタイヤでスタートしていたなら、トップを走り続けていたでしょう。たとえレインタイヤでスタートしていても、1回目のピットイン時にミスが無ければライコネンの前で復帰できたはずです。それだけでなく、レース終盤でのバージボード破損がなければ、逆転の可能性もありました。つまり、最速だったフェラーリにとってスタート時のタイヤ選択のミスは致命傷とはならなかったのです。敗因のほとんどはシューマッハ自身にありました。

ライコネンは光った
 その「最速フェラーリ」を抑え続けたライコネンは評価できます。38周目の直接対決でシューマッハを倒したこともそうですが、ピットイン直前の29-31周目に3周連続で1分37秒台を記録したのは圧巻でした。上のグラフを見れば、そこだけ飛びぬけているのがわかります。レースの活躍はナンバー1のライコネンですが、予選で大きなミスをしました。これはいただけません。優勝はお預けで然るべきかもしれません。

 ウィリアムズはどうでしょうか。モントーヤのラップタイムのみを見れば、フェラーリやマクラーレンと互角のように見えます。しかし走る環境はモントーヤはライコネンやシューマッハに比べて格段恵まれていました。

 マクラーレン勢は1ストップでしたから、重い状態でのドライブを強いられ、タイヤ磨耗も大きいものでした。フェラーリのシューマッハはそのマクラーレンのライコネンにふさがれ続けていました。加えてライコネンにはシューマッハのプレッシャーがありました。それに対してモントーヤは2ストップ作戦だったため、マクラーレン勢のように重い状態なることはありませんでした。さらにモントーヤは、ほとんど前をふさがれることもなく、逆に追い立てられることも無く、自分のペースで走ることができました。

 人より恵まれた環境で走れたというのに、タイムが人と互角というのでは困ったものです。やはりFW25は良いマシンとは言えないようです。優勝を逃したのは痛かったでしょう。ウィリアムズは明らかにフェラーリに対して劣っていますし、マクラーレンにも遅れをとっています。さらに、ウィリアムズは既に2003年型車で走っていますが、フェラーリとマクラーレンは未だ2002年型車です。両チームが新車を投入したら、一気に差が広がる可能性があります。

 さらに、後方からはトヨタやルノーの影が迫っています。特に今回のレースではトヨタの速さが光りました。とは言え、パニスがモントーヤに追い抜かれるなど、まだトップ3チームとの差はあります。しかし、現段階ではルノーやザウバー、BARより速いと言えるでしょう。といってもこれは微々たる差です。次戦ではどうなるかわかりません。
 

 
今回の結論

 ミハエル・シューマッハにとってスタート時のタイヤ選択のミスは直接の敗因とはならず、その後の処理が問題でした。それはドライバーの責任であり、チームの責任でもありました。

 昨年フェラーリは他の追随を許さないペースでレースをリードしました。今年もそれは変わらないように思えます。しかし、世間はそれを許しません。フェラーリ陣営のプレッシャーは半端ではないはずです。
 

 ■オーストラリアGP
F1 2003:Rd1 Austraria